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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)290号 判決 2000年12月20日

原告 守屋幸恵

右訴訟代理人弁護士 岡村親宜

同 望月浩一郎

弁護士岡村親宜、同望月浩一郎訴訟復代理人弁護士 佐久間大輔

被告 地方公務員災害補償基金 東京都支部長 石原慎太郎

右訴訟代理人弁護士 大山英雄

主文

一  被告が、平成六年三月二九日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、養護学校の教員である原告が、原告に発症した背腰痛等は公務上の疾病であるとして、被告に対し、地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づき公務災害である旨の認定請求をしたが、被告がこれを公務外とする旨の処分をしたため、その取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告(昭和二七年八月二二日生の女性)は、昭和五一年四月一日東京都(以下「都」という。)に教員として採用され、以来都立北養護学校で勤務し、昭和六三年四月都立江戸川養護学校に転勤して現在に至っている。

2(一)  原告は、平成三年八月二七日、腰痛を訴えて、社団法人東京都教職員互助会三楽病院(以下「三楽病院」という。)を受診し、「両側仙腸関節炎」と診断され(その後、原告の病名は「腰椎すべり症」とされ、さらに「腰椎椎間板変性症」、「腰椎不安定症」の病名が追加された。)、以後同病院で通院加療(平成四年一月八日から同年二月四日まで及び同年四月一五日から同年五月二日までは入院)した。

原告は、この間平成四年一月八日から同年二月一一日まで及び同年三月四日から同年七月二〇日まで休業し、さらに同年一〇月一四日から再び休業し、引き続き三楽病院で通院加療を受けた。

(二) 原告は、平成四年一二月八日、背中や腰などの痛みを訴えて、医療法人社団港勤労者医療協会芝病院(以下「芝病院」という。)を受診し、同月一七日、「背腰痛(腰椎椎間板症)」の診断を受け、以後同病院で通院加療を受け、平成六年一月一〇日から制限勤務の上で職場復帰し、平成七年四月から通常勤務に従事している。

3(一)  原告は、平成五年一月一八日付けで被告に対し、原告の疾病(「腰椎すべり症」、「腰椎椎間板変性症」、「腰椎不安定症」、「背腰痛(腰椎椎間板症)」、「両側仙腸関節炎」。以下、一括して「本件疾病」という。)は公務上の疾病であるとして地公災法に基づく公務災害認定請求をしたが、被告は、平成六年三月二九日付けで公務外認定処分(以下「本件処分」という。)をした。

(二) 原告は、本件処分を不服として、平成六年五月一八日地方公務員災害補償基金東京都支部審査会に対し、審査請求をしたが、同審査会は、平成七年一二月一二日付けで審査請求を棄却する旨の決定をした。

(三) 原告は、平成八年一月二四日地方公務員災害補償基金審査会に対し、再審査請求をしたが、同審査会は、同年八月二八日再審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決は、同年一〇月二日原告に到達した。

三  争点

原告の疾病が公務上の疾病といえるか

四  争点に関する当事者の主張

(原告)

1 公務と疾病との因果関係についての判断のあり方

(一) 労働基準法(以下「労基法」という。)、地公災法等が採用する法定補償制度は、「労働者が人たるに値する生活を営む為の必要を充たすべき」最低労働条件(労基法一条)を確保して、被災労働者とその家族の生活を保障することを目的とする法定救済制度であって、損害のてん補それ自体を目的とするものでなく、社会に発生した損害を公平にてん補することを目的とする損害賠償制度とは制度目的を異にするものである。

(二) 損害賠償制度においては、加害行為と損害との間の因果関係について相当因果関係説が採用されているが、これは、損害賠償制度が加害者と被害者の立場の交換可能性を前提とするため、加害者保護も考慮する必要があり、救済対象を通常の場合に生ずべき損害、すなわち相当因果関係のある損害に限定することに客観的合理性を肯定することができるからである。

これに対し、法定補償制度では、立場の交換可能性が全くないから、損害賠償制度の救済対象の範囲よりも救済対象を拡大する必要性及び合理性があり、右(一)の法定補償制度の目的に照らせば、公務上の疾病とは、公務と合理的関連性のある疾病と解するのが相当であり、その有無は、労働者保護の見地から、当該疾病について法定補償制度による法的救済を与えることが合理的か否かの総合的な実質判断により決定されるべきである(合理的関連性説)。

本件のような非災害性の職業性疾病については、①当該職業性疾病の発症等に悪影響を及ぼす危険のある公務に従事していた労働者であること、②当該労働者に職業性疾病が発症等したこと、③当該公務への従事と当該疾病(その基礎疾患を含む。)の発症、増悪、軽快、再発などの推移の関連性が一般経験則上推定されること(右関連性が医学的に証明される必要はない。)、との要件を充たせば、公務と合理的関連性があり、公務上の疾病と認定するのが相当である。

(三) 仮に公務と疾病との間の因果関係について相当因果関係説を採用するとしても、前記の法定補償制度の目的からすれば、相当因果関係があるというためには、疾病の原因が公務遂行を唯一の原因であるとする必要はなく、公務と疾病との間に条件関係があるだけでは足りないが、疾病の複数の競合する原因のうち、公務が共働原因であることを要し、かつ、これで足りると解すべきである(共働原因説)。そして、公務が共働原因であったかどうかは、医学的知見も一つの有力な資料としつつ、発症等に関する一切の事情を考慮し、一般経験則上当該公務が当該労働者に当該疾病を発症等させる危険がある性質のものであり、当該公務への従事期間が相当期間にわたる場合には、当該公務が発症等の共働原因をなしていると推認するのが合理的である。

(四) また、法定補償制度は、公務に内在した危険が現実化した被災者の損失をてん補する制度であるから、右の制度目的に照らし、公務上の疾病とは、その原因が複数存在する場合であっても、公務に内在する危険が現実化して発症の結果を招いたと認められれば、相当因果関係が肯定されると解すべきである(公務内在危険現実化説)。そして、公務に内在する危険が現実化したかどうかは、条件関係が肯定されれば、当該労働者が当該公務に就労するにつき、公務の内容、性質等に照らし、これを遂行することができるだけの心身の健康状態、能力等の適格性を有していたか否かを判断し、当該労働者が当該公務に就労するにつき右適格性を有していたにもかかわらず、当該公務に従事して疾病を発症等した場合には、当該公務と当該疾病との間に相当因果関係を肯定するのが相当である。

2 公務と疾病との間の因果関係について

(一)(1) 原告の従事した公務の概要、健康状態及び本件疾病の治療経過の概要は、別紙「従事した公務と健康状態の推移表」(以下「推移表」という。)のとおりである。

(2) 原告の従事した公務は、養護学校における重症心身障害児の介護であり、児童を抱きかかえ、介助するために不自然な姿勢を保持し、頸部、背部、腰部や上肢に負担のかかるもので、それ自体腰痛発生につき一定の危険性を伴うものであって、このことは、労働省労働基準局長が発した通達(「職場における腰痛予防策の推進について」平成六年九月六日付け基発第五四七号)で、腰痛の発生が比較的多い作業の一つとして重症心身障害児施設等における介護作業を挙げていることからも明らかである。

(3) 江戸川養護学校小・中学部の平成三年度の教員配置数は五四名であり、同校の重複障害児数に応じて算出した場合の標準法の基準六三・二八名を充足しておらず、また同養護学校では、腰痛を訴える教員が多く、平成二年一一月の腰痛検診で受診者五〇名中経過観察と診断された者が二九名にのぼるなど、腰痛が多発しており、同養護学校の教員の公務は、他の養護学校に比較して過重である。

(4) 原告は、江戸川養護学校に転勤して以来、昭和六三年度から平成三年度にかけて小学部の重症心身障害児七名を三名又は四名の教員で担当したが、原告以外の担当教員には重症心身障害児介助の経験がなく、原告の負担が大きかった。

また、原告は、平成二、三年度には、原告が担当するグループの主任に加え、小学部主任、運営委員会及び教育課程検討委員会等の校務を担当したことにより、連日の会議と深夜や休日の自宅での書類作成等による超過勤務が増大した。

原告は、平成三年一一月には三楽病院の主治医から休業した上で治療することを勧められたが、学校行事、校務分掌及び同僚のけがによる休業のため、同年一二月ころまで勤務を続けざるを得なかった。

(5) 以上のとおり、原告が従事した公務は過重であり、本件疾病を発症・増悪させるに足る過重負荷を与えるものであって、推移表にみられる原告の従事した公務と原告の健康状態及び治療経過からして、両者の間には関連性がある。

本件疾病のうち、原告の背腰痛症の発症は、①原告の従事している公務の内容が重症心身障害児の介護であること、②推移表のとおり、症状の軽減増悪と就労の有無、その内容及び巻爪による歩行障害の有無、その内容との関連性が肯定されること、③公務以外の要因で症状の軽減・増悪との関連が肯定される要因がないことからして、また、原告の腰椎椎間板ヘルニアを含む腰椎椎間板の障害は、①原告の従事している公務の内容が重症心身障害児の介護であること、②推移表のとおり、症状の軽減増悪と就労との関連性が肯定されること、③加齢現象にのみ起因しているのであれば、原告が平成六年に職場復帰した後現在まで症状が重篤化していない経過を説明できないことからして、いずれも養護学校教員の公務との関連性を医学上肯定することができる。

したがって、原告が従事した養護学校教員の公務の本件疾病発症への危険性、原告の従事した公務と原告の健康状態、治療経過の対応関係、原告が重度障害児の介護業務を遂行すべき適格性を有していたことからすれば、本件疾病は、前記1の原告主張の見解のいずれによっても、公務上の疾病に該当する。

(二) 本件疾病が原告の基礎疾患ないし素因によるものではないことは、原告は養護学校教員として公務に従事する以前は健康体であったこと、原告が従事した公務の過重性と原告の症状の増悪が関連性を有していること、発症原因である公務から離れて有効な治療を関始した芝病院における平成四年一二月から約一年間の治療により症状が軽快し、以後増悪していないことから、明らかである。

原告には、第五腰椎・仙骨間の腰椎のすべりがあるが、腰椎のすべりがあっても無症状の症例もあるから、これが原告の症状の原因であるとの根拠はなく、また、原告の症状のうち、項、背、腰部から両下肢にわたる広範囲のこりと痛みの全部を、腰椎変性すべり症、第四・五腰椎間の不安定性及び椎間板ヘルニアで説明することはできない。

(被告)

1 公務と疾病との因果関係についての判断のあり方

(一) 災害と因果関係のある疾患をすべて公務上の災害であるとすると、公務上の災害は際限なく広がり、災害補償制度の本来の趣旨から逸脱してしまうおそれがあり、公務上外を区別する合理的な基準となり得ないから、公務起因性は、公務と災害との単なる因果関係ではなく、原則として、災害の発生の状況が時間的に明確な一定の具体的な出来事によって媒介された因果関係でなければならないと解すべきであるが、原告の主張する疾病のように、右の発生状況の時間的明確性がない場合で、法定又は指定された疾患以外の疾患である場合に公務起因性を認めるためには、公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病に該当することが必要である。

地公災法に基づく災害補償制度は、公務に内在する各種の危険に対して使用者の負担による無過失責任を定めたものであるから、公務起因性を認めるためには、公務と災害との間に公務に内在する危険が現実化したという関係が必要であり、その観点から同法に基づく災害補償制度により保護する災害の範囲を確定する必要がある。したがって、公務上の災害といえるためには、災害の原因又は条件のうち、公務が相対的に有力な原因であることを要し、かつ、それで足りると解すべきである。そして、相対的に有力かどうかは、経験則に照らし、当該公務に当該災害を発生させる危険があったと認められるかどうかによって判断すべきであり、共存する原因のうち、公務上の原因が公務外の原因に比べて相対的に有力な原因と認められる場合に公務起因性が認められることになるから、仮に公務が災害の誘因となったとしても、主因として私病と推認できる素因、基礎疾患が認められる場合には、その疾病が公務により自然経過を超えて増悪したと認められる場合を除き、公務が相対的に有力な原因とは認められない。

2 原告の公務と疾病との因果関係について

(一) 本件疾病が公務上の災害と認められるためには、腰部に過度の負担のかかる公務に従事する職員に発症し、公務内容、作業態様、公務量、公務従事期間等からみて、発症した疾病と公務との間に因果関係が明らかであるとき、又は公務の遂行中に発症の動機として外傷を受けた事実もしくは通常の動作と異なる動作による腰部に対する急激な力が作用した事実が突発的な出来事として生じたと明らかに認められ、これら腰部に作用した力が発症の原因として明らかに認められるものであることが必要である。

(二)(1) 原告は、昭和六三年四月に江戸川養護学校に赴任して、小学部の新入生の重度重複児七名を四名の教諭で分担し、本件疾病の発症した平成三年まで前年からの持ち上がり学級を担当しているが、江戸川養護学校における教員の配置数は国の基準をはるかに上回っているし、持ち上がりで児童の状況を熟知していることからすれば、人員や児童指導の面で原告の負担が大きいとはいえない。

(2) 原告が担当した児童の授業は午前中が中心であり、午後は児童の指導等の公務には直接従事していない。確かに、養護学校の教諭の公務の中には、スクールバスの送迎等の際に前屈み、中腰姿勢で対応しなければならない動作や、ゆさぶり遊び、あやし遊び等自分では動けない児童とともに動作をするために腰に負担のかかる動作があるものの、これらの動作は、児童の動きに対応して様々な動作をとりながら複合的な動作の一部として行われるもので、一定の姿勢を長時間保持して行うものではない。これらからして、原告の腰部に本件疾病を発症するような負担があったとは認められない。

(3) 原告が従事した平成二、三年度における小学部の主任及び教員課程検討委員会委員等の校務は、デスクワークが主体であるから、原告の腰部に特別な負担をかけたとは認められない。

(4) 原告の児童を指導した日数は、平成二年度は二一〇日と六時間、平成三年度は一五四日と七時間であり、児童の指導や介護に従事した期間も少なくなっている。

(5) 江戸川養護学校では、都教育委員会から配分された教員数の分配、クラス担当教職員やグループ担当教職員の決定、校務分掌の決定は、教職員の自主的な話合いによって決定しているが、この方法が取られたのは、それが実質的に公平で合理的であることによるものであるから、その話合いの結果決定された各教職員の負担は平均化しており、負担の程度は許容限度内であって、原告に特に大きな負担があったとは考えられない。

(6) これらを総合すれば、原告が従事した公務は養護学校の教諭として通常考えられる範囲内のものであり、原告の腰部に職務上の負荷が特に大きかったとはいえない。

(三) 原告は、本件疾病の発症につき、次の素因又は基礎疾患を有しており、これを原因として本件疾病を発症したものである。

(1) 原告は、昭和六三年に股関節痛の既往歴があり、これが両側仙腸関節炎の発症に関連すると推認される。なお、両側仙腸関節炎の原因は、細菌等の感染、慢性関節リウマチに合併するもの等であり、原告の公務に起因するものとは考えられない。

(2) 原告の「腰椎不安定症」、「背腰痛(腰椎椎間板症)」、「腰椎すべり症」及び「腰椎椎間板変性症」は、医学的には、「第四腰椎変性すべり症」に統一される(原告の腰椎すべり症は変性すべり症に該当し、X線上第四腰椎が前方にすべっているが、これは腰椎椎間板の変性に起因する。「腰椎椎間板変性症」、「腰椎不安定症」、「腰椎椎間板症」のいずれも、腰椎椎間板の変性を原因として発症するし、また「背腰痛症」は、原告を診察した医師が「背腰痛(腰椎椎間板症)」としていることからして、腰椎椎間板症に由来する痛みと診断したものと推認されるから、右のように「第四腰椎変性すべり症」に統一できる。)が、第四、五腰椎間の椎間板変性により腰椎支持性が不安定となり、これに荷重等の要因が加わり第四腰椎が前方へすべり、第四腰椎変性すべり症が発生し、腰痛が発症したと考えられる。「腰椎すべり症」は、加齢による変性によって生じ、中年以降(四〇歳台以後)の女性に多く発症し(女性には男性の四倍の頻度で発症する。)、第四腰椎に好発する。原告は女性であり、発症時の年齢が三九歳であるから、加齢による脊椎の変性によって第四腰椎の不安定症が発生し、腰椎すべり症が発症したと推認される。

(3) 原告は、昭和五八年ないし平成二年の腰椎検診で腰痛を訴え、昭和五九年一月及び同年一一月の腰痛検診で要精密検査と判定されるなど、腰椎疾患の存在が示唆されている。

また、原告は、身長一五五センチ、体重七〇キログラムの肥満体であるが、肥満は、腰椎柱に対して体重の増加分以上の圧縮負荷がかかり、推間板変性を引き起こすとされている。

(4) 処分庁の専門医は、本件疾病の主原因は、原告が有する第四、五腰椎間の不安定性及び椎間板ヘルニアという素因にあるとしている。

(四) 右(二)、(三)からすれば、原告の症状には、外傷の事実や特に異なる急激な力が突発的に作用した事実はなく、また、原告の従事した公務に過度の負担や通常の職務上の負荷を明らかに超えるものがあったとは認められないから、原告の疾病は、原告の素因又は基礎疾患や加齢による脊椎の変性が有力な原因によるものであり、これらがなければ、公務による物理的負荷という誘因だけでは発症することがないものである。したがって、本件疾病は、公務に起因するものとはいえない。

第三当裁判所の判断

一  公務と疾病との因果関係についての判断のあり方

1  地公災法は、地方公務員の公務上の災害等に対する補償の迅速かつ公正な実施を確保するため、地方公共団体に代わって補償を行う基金の制度を設け、その行う事業に関して必要な事項を定めるなどして、地方公務員等の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであり(同法一条)、右の基金は、職員が公務上疾病にかかるなどした場合には、療養補償等の補償を行うとされている(同法二四条以下)。このように、基金が職員に対し、公務上の疾病等について補償するのは、使用者である地方公共団体が職員を公務に従事させていることから、その過程において公務に内在する各種の危険に職員が遭遇することが不可避的であることに鑑み、職員保護の見地から、使用者の過失の有無にかかわらず、その危険が現実化して疾病等の災害が発生した以上、その災害によって職員が受けた損害は使用者が負担すべきものであり、使用者に対し労働力の毀損に対する損失てん補を行わせることが衡平にかなうとして、その補償義務を課したものと解される。右の地公災法の立法目的、災害補償の趣旨からして、職員に生じた疾病が公務上の疾病といえるためには、法的にみて公務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係、すなわち労災補償を認めるのを相当とする関係がなければならないから、公務と疾病との間に相当因果関係があることを要すると解するのが相当である。

2  右のとおり、地公災法上の相当因果関係の有無は、法的にみて公務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるといえるか否かにより判断されるべきであるから、その判断に当たっては、当該職員の公務の内容・性質、作業環境、公務に従事した期間等の労働状況、当該職員の疾病発症前の健康状況、発症の経緯、発症した症状の推移と公務との対応関係、公務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及びその程度、同種の公務に従事している他の職員の類似症状の発症の有無等の諸般の事情を総合的に判断して、経験則上、公務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるといえるかにより決するのが相当である。

二  公務と疾病との因果関係

1  第二の二1、2の事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が認められる(主要な書証は該当部分に摘示した。)。

(一) 北養護学校在勤当時の原告の公務及び症状

(1) 原告(昭和二七年八月二二日生の女性)は、昭和五一年四月一日東京都に教員として採用され、以後昭和六二年度(年度は四月一日から翌年三月三一日まで。以下同じ)まで北養護学校に勤務し、障害児の生活介護や教育指導などの公務に従事した。

(2) 原告は、北養護学校においては、昭和五一年度から昭和五三年度までは学校内で通学児童の介護、指導に当たったが、昭和五四年度、同五五年度は訪問学級(養護学校への通学が困難な児童を対象とした学級で、教員が児童の自宅・施設を訪問して教育に当たるもの)を担当し、児童四名について自宅への訪問教育に当たった。

原告は、昭和五五年ころから、腰・首の付け根にかけて重い感じを覚えるようになったが、翌朝には回復しているという程度で、症状が継続することはなかった。なお、昭和五五年六月一三日に実施された腰椎検診では、「腰痛症(要観察)」とされた。(《証拠省略》)

(3) 原告は、昭和五六年度には、通学児の担任に復帰し、小学部四年生の児童六名を二名の教員で担当した。また、校務分掌として、学部主任、運営委員会(学校運営が円滑に行われるよう、各部の調整や必要事項の検討・提案を行う委員会)委員となった。

この時期原告は、腰や首が重いと感じることがあった。

(4) 昭和五七年度には、小学部五年生児童五名を一人で担当した。また、校務分掌として、小学部主任、運営委員会委員を担当した。

この時期原告は、腰部や右足付け根に重苦しい痛みを感じた。原告は、昭和五八年一月二八日に実施された腰痛検診で、これらの症状を訴えたところ、「運動に際し、疼痛あり」とされたが、特に業務制限や治療指示はされなかった。(《証拠省略》)

(5) 昭和五八年度には、小学部六年生児童三名を一人で担当した。また、校務分掌として、小学部主任、運営委員会委員及び全校主任を担当した。

原告は、昭和五九年一月一八日に実施された腰痛検診で腰痛を訴えたところ、「運動時疼痛あり」とされ、「要精検」とされたが、特に業務制限や治療指示はされなかった。(《証拠省略》)

(6) 昭和五九年度には、訪問学級の主任を担当し、施設の児童・生徒計二〇名を六名の教員(原告を含む。以下、複数の場合は同じ)で担当して訪問教育に当たった。

原告は、昭和五九年一一月一九日に実施された腰痛検診で腰と左足の付け根の痛みを訴えたところ、「第五腰椎、第一仙椎に痛み。生理痛強し」とされて第二次検診を指示されたが、その結果は、特に業務制限や治療指示はされなかった。なお、原告は、昭和六〇年一月に転倒して歩けなくなり、靱帯損傷(右足)で三週間病欠した。(《証拠省略》)

(7) 昭和六〇年度には、通学児の担任に復帰し、小学部六年生児童四名を一人で担当した。また、校務分掌として、教育課程委員会(学校の教育課程を考察・検討する委員会)の委員を担当した。

この時期原告は、腰や足の付け根の痛みとともに首周辺の痛みを感じるようになり、同年一〇月には三十肩となり、腕が上がらなくなったため、そのころから月四、五回のマッサージ治療を受け、二、三か月で腕を上げることができるようになったが、首周辺の重苦しさや痛みは残った。なお、昭和六〇年一二月四日に実施された腰痛検診では、「異常なし」とされた。(《証拠省略》)

(8) 昭和六一年度には、小学部五年生児童八名を四名の教員で担当し、グループ指導として、四年生及び五年生児童計六名を二名の教員で担当した。また、校務分掌として、五年生の学年主任のほか、教育課程委員会の委員を担当した。

この時期原告は、腰の重苦しい痛みを持続して感じることが多くなり、また、同年一〇月ころ、児童の矯正靴で右足親指を踏まれ、同指爪が内出血した。なお、昭和六一年一〇月二九日に実施された腰痛検診では、「異常なし」とされた。(《証拠省略》)

(9) 昭和六二年度には、小学部六年生児童一一名を四人の教員で担当し、グループ指導として、四年生、五年生及び六年生児童計一〇名を三名の教員で担当した。また、校務分掌として、六年生の学年主任のほか、教育課程委員会の委員を担当した。

この時期原告は、腰の痛みを強く覚えるようになったほか、昭和六一年一〇月ころの右足親指内出血後の爪の生え替わりで爪が次第に変形し、昭和六二年春ころから巻爪(爪の両側が巻いていく状態)となり、痛みがあるため、右足先をかばうようにして歩くようになり、右大腿部のぎこちなさや股関節周辺の痛みを覚えるようになった。なお、昭和六二年一〇月一四日に実施された腰痛検診では、「異常なし」とされた。(《証拠省略》)

(二) 江戸川養護学校転勤後の原告の公務及び症状(三楽病院受診まで)

(1) 原告は、昭和六三年四月肢体不自由児の養護学校である江戸川養護学校に転勤した。昭和六三年度は、小学部一年生児童一六名を八名の教員で担当したが、原告は、そのうち一年生児童七名(最重度の肢体不自由と最重度の知的障害を併せ持つ児童)のグループを四名の教員で担当した。

原告は、同年六月ころ、下校のスクールバスに児童を乗車させるため車椅子を押していた際、左足の股関節が急に痛くなり、足が動かなくなったため、整骨院に通院して電気治療を受け、二か月程度でこの痛みは治まった。また、原告は、右足拇指爪の変形がひどくなり、化膿して炎症を起こすようになり、少し触っただけでも痛むことから、刺激を与えないよう右足先をかばいながら歩くようにした。

この時期原告は、引き続き、首、背中、腰及び下肢の痛みやだるさを感じていたが、腰及び左大腿後部のしびれ感や痛みも感じるようになり、特に生理時は痛みが強くなり、一、二日休んだ程度では症状が治まらなくなった。原告は、昭和六三年一〇月一四日に実施された腰痛検診で左下肢、腰及び大腿後部の痛みを訴えたところ、「左腰部に痛み」とされたが、経過観察の指示を受けたのみであった。また、原告は、同年一〇月子宮筋腫となった。(《証拠省略》)

(2) 平成元年度には、前年の小学部一年生を持ち上がり、二年生児童七名(前年と同一児童)のグループを三名の教員で担当した。また、校務分掌として、クラス担当教員のグループ主任、小学部連絡委員、教育課程検討委員会(北養護学校における教育課程委員会に相当するもの)委員を担当した。同委員会は、児童・生徒の状況に応じた集団作りのため、三年計画(平成三年度まで)集団編成基準を設けることを計画したこともあって、会議は月二回二〇分の予定(第一、第三金曜日の午後三時四〇分から午後四時まで)であったのが、ほぼ毎回、午後四時ころから始まって午後五時ないし五時半までかかり、臨時に会議が開かれることもあった。原告は、会議の準備や会議後の作業もあって、会議の都度、二、三時間程度の超過勤務をしていた。

原告は、腰の痛みのほか、首や左肩の痛みを感じるようになり、右足拇指の巻爪の炎症や化膿の再発の間隔が次第に短くなってきた。なお、この年、グループ指導を担当していた他の二名の教員は、肢体不自由児教育について五年程度の経験を有していたが、ぎっくり腰になった。

(3) 平成二年度には、前年の小学部二年生を持ち上がり、三年生児童七名(前年と同一児童)を四名の教員で担当した。また、校務分掌として、小学部主任を担当し、教育課程検討委員会委員のほか、全校運営委員会(北養護学校における運営委員会と同様のもの)委員を担当した。(《証拠省略》)

グループ指導に当たった原告以外の三名の教員のうち、一名は肢体不自由養護の経験年数六年の教員であるが、他の二名は新任であったため、その者が研修で不在であったり、その者への児童への接し方についての指導をする必要があることから、原告ら先輩教員の負担が増加した。(《証拠省略》)

小学部主任には、週一回各グループの代表からなる連絡会を主催し、教員の欠席に対応するための学部内調整、給食介助体制の調整などの業務があり、時間外の事務や会議もあった。また、全校運営委員会は、月二回一時間一五分の予定(第一、第四月曜日の午後一時四五分から午後三時まで)であったのが、午後五時ころまでかかる上(年度後半には、午後八時ころまでかかることや、臨時に会議が開かれることもあった。)、学部間、教員間の調整に関わることから、原告は、教育課程検討委員会委員のほか、これらの校務のため一層多忙となり、ほぼ毎日二、三時間程度の超過勤務をしたり、書類仕事を自宅に持ち帰ることもあった。

この時期原告は、年度後半から、腰の痛みのため会議にはうつぶせになって参加することがあり、また、夜仰向けに寝ると背中や腰が痛くて眠れず、背中を丸めて横になって寝るなどするようになった。原告は、平成二年一一月三〇日に実施された腰痛検診で、腰や肩の痛み、左足のしびれ感が広がっていることを訴えたところ、「腰部に痛み」とされたが、経過観察の指示を受けたのみであった。(《証拠省略》)

(4) 平成三年度には、前年の小学部三年生を持ち上がり、四年生児童七名(前年と同一児童)のグループを四名の教員で担当した。また、校務分掌として、小学部主任、運営委員会委員、教育課程検討委員会委員、地域理解推進委員会(隣接する普通学校の児童や保護者、地域住民との交流を推進するための活動を計画・実行する委員会)委員を担当した。同年度の原告が出席する会議は、別紙「会議予定表」のとおりであった。(《証拠省略》)

グループ指導に当たった原告以外の三名の教員のうち、二名は二年目の教員であり、他の一名は知的障害児指導の経験はあったものの、肢体不自由児指導の経験がなかった。障害種別教育に経験の乏しい教員に対する指導は、先輩教員が中心となり、毎日の教育活動の中で実地指導を行っていることから、原告は、その者への重症心身障害児への接し方について全般にわたって指導を行うほか、経験の浅い二年目の教員の指導も行わざるを得ず、原告への負担は増大した。(《証拠省略》)

原告は、運営委員会において全校主任に選出され、会議の資料作成などで時間外の業務が増え、また、教育課程検討委員会では、発行される江戸川養護学校開校三五周年記念誌に登載するため、同校における過去五年間の児童の指導方法の研究成果を二学期までにまとめることになり、原告は、そのための作業にも従事するなどし、前年度同様の多忙さであった。

この時期原告は、一学期から次第に疲労感や腰、肩、背中などの凝り、痛み、だるさを強く感じるようになり、全身の疲労感、腰の重苦しい痛みが休日後も残ることが多く、生理休暇、有給休暇、休日を利用して休養し、ようやく勤務に就いている状態であった。

(三) 三楽病院受診後の原告の症状と公務

(1) 平成三年七月二一日、江戸川養護学校の夏休みが始まったが、原告は、校務で七日間登校するなどした。原告は、夏休み中にも症状が回復しなかったことから、八月二七日三楽病院整形外科を受診し、腰臀部痛及び右下肢痛を訴えたところ、左側股関節の異常、右側腸腰筋の異常、第一腰椎ないし第五腰椎の脊椎棘突起の圧痛、左仙腸関節の関節症変化が右に比して著明といった所見がみられ、「両側仙腸関節炎」と診断され、投薬等の治療を受けた。原告は、二週間後に再度受診するよう指示されたのみであったので、二学期も校務に従事することにしたが、九月二日始業式後の会議中に左足のしびれ、腰の強い痛みを覚え、翌三日から一週間休業した。(《証拠省略》)

原告は、九月一一日三楽病院整形外科を受診し、業務開始による腰痛悪化を訴えたところ、腰部保護のためさらしを巻くことの指示を受けたが、さらしを巻くこと自体腰に強い痛みを感じるため、そのことを三楽病院医師に訴えてコルセットを作成してもらった。しかし、コルセットが原告の体型に合わず、腰に力を入れる動作をすると腰に強い痛みを感じることが多くなった。また、原告は、腰の痛みのため、横座りやあぐらの姿勢が取れなくなり、片膝立てで児童の介護に当たったり、立て膝で食事、洗髪などをするようになり、会議でもうつ伏せになったりしていた。この間、原告は、九月二五日、一〇月一四日、三楽病院に通院した。なお、原告は、自宅から学校までバス通勤をしていたが、腰の痛みを軽減するため、九月末ころから自動車通勤をするようになった。(《証拠省略》)

原告は、一一月一日三楽病院を受診した。当日は、両側臀部痛、右椎間板ヘルニアの軽度制限、右仙腸関節の圧痛が認められ、症状がひどいとして休業を指示されたが、同月九日及び一〇日に予定されている学芸祭の準備や、一二月上旬に予定されている小学部教育課程検討委員会で来年度の小学部のグループ編成の提案をする必要があったことなどから、休業しないまま勤務を続けた。なお、一一月二〇日三楽病院を受診した際は、仙骨両側の硬化、第一仙椎の第六腰椎化などが認められ、当日指示されたMRI検査で第五腰椎と第一仙骨間に椎間板の膨隆(変性)、脊椎管狭窄所見が認められるなどした。

原告は、症状が回復しないため休業を決意し、一二月八日三楽病院を受診したところ、X線上変形性脊椎症、マイヤーディング法一度のすべり、椎間関節症が認められ、MRI検査で第四、第五腰椎間の椎間板に変性が認められるなどとされて、「腰椎すべり症」と診断され、翌年一月八日から三週間の入院予定及びその後二週間程度の自宅静養を要するとの診断を受けたが、休業するまでの間も、運営委員会、教育課程検討委員会、通知表作成に当たっての会議などの業務のため、自宅に仕事を持ち帰っていた。なお、原告は、一二月二六日も三楽病院に通院した。(《証拠省略》)

(2) 原告は、平成四年一月八日三楽病院に入院し(入院時の体重は七二キロ)、体重コントロールのための療養(減量食、歩行運動等)をし、その結果、腰痛は次第に軽減した。なお、原告は、同病院皮膚科から巻爪について手術を勧められたため、専門医のいる日本赤十字社医療センター(以下「日赤病院」という。)で春休みに手術を受けることとした。(《証拠省略》)

原告は、二月四日三楽病院を退院し(退院時の体重は六七キロ)、一週間自宅療養をした後、二月一二日から職場復帰したが、当日の全校運営委員会の会議で長時間椅子に座ったため、腰の痛みや足のしびれを感じた。原告は、職場復帰後、連日遅くまで会議に出席するなど超過勤務が続き、疲労感や腰の痛み、左足のしびれを強く感じるようになり、入院前と変わらない症状を感じるようになって、休暇を取得しても症状は回復しなかった。なお、原告は、二月一八日にも三楽病院に通院した。

原告は、三月四日日赤病院を受診し、巻爪につき、爪甲弯入高度で疼痛が著しいため、右拇趾爪の部分抜爪を受けた。原告は、右が弯入爪、左が陥入爪であるとして、「両拇趾弯入爪」と診断され、「三月二六日に形成術施行予定であるが、患部二次感染予防、創部安静のため同月二五日までの休職・自宅安静加療を要する。」と診断され、以後休業した。(《証拠省略》)

原告は、休業中の三月一二日、三楽病院整形外科を受診し、職場復帰後の症状悪化を訴えたところ、日赤病院での巻爪手術後再度入院するよう指示された。

原告は、三月二五日日赤病院に入院し、巻爪の手術を受けた後、四月一五日三楽病院に転医入院し(入院時の体重は六五キロ)、前回入院時と同様、体重コントロールによる療法を受けたが、巻爪手術後の手術部分の痛みのため歩行がぎこちなくなるなどして、三〇〇〇歩ないし四〇〇〇歩歩行すると腰全体に重苦しさを感じ、それが持続して仰向けの姿勢から起き上がれなくなった。原告は、腰痛などの症状は回復しないまま、五月二日同病院を退院した。この間の四月二一日、原告は、「腰椎椎間板変性症」と診断され、「一学期いっぱい休務を要する見込みである」とされた。(《証拠省略》)

原告は、七月二〇日まで休業して自宅療養し(五月一四日、六月四日、七月一五日と三楽病院に通院)、歩行運動などの療養に努めたが、天候不順による腰痛の発生、歩行数が多いときの足の痛みやしびれの発現があり、五月二六日から蓼科に二週間転地療養して温泉に入るなどしたところ、腰の痛みや重苦しいだるさは軽減したものの、足のしびれなどの症状は回復しなかった。ただし、無理をしない限りある程度の家事はできる状態にはなった。

原告は、七月二一日から職場復帰し、二二日、二三日に児童の水泳訓練を担当したが、その際、腰痛や全身の疲労感、下肢のしびれを感じた(七月三〇日、八月三一日と三楽病院に通院)。

原告は、九月一日から通常勤務による出勤を開始し、小学部四年生ないし六年生七名の重症心身障害児グループを四名の教員で担当し(ただし、トイレ介助は免除された。)、校務分掌として、小学部教育課程検討委員会委員を担当したが、腰痛や下肢のしびれ、だるさを感じるようになった。九月八日及び一〇月一日三楽病院を受診した際、医師から手術を勧められたが、原告は手術以外の療法を希望し、投薬等の治療を受けたものの、腰の重苦しい痛みや左臀部から左下肢にかけての筋に沿った痛み、しびれを強く感じるようになり、起き上がるときにも腰などに強い痛みを感じるようになった。(《証拠省略》)

原告は、一〇月一三日、三楽病院を受診したところ、「腰椎すべり症、腰椎不安定症、腰椎椎間板変形症」で翌年三月までの休務を要する見込みであると診断されたため、一〇月一四日から再度休業した。(《証拠省略》)

(3) 原告は、休業後三楽病院に週二、三回通院し、物理療法(ホットパック、牽引)等を受けたが(一二月一日通院時の体重は五五キロ)、腰痛は改善しなかったため、一二月八日芝病院を受診した。

芝病院の初診時、原告には、自覚症状として、①左腰仙部の痛み(自発痛、運動痛)、特に腰部の前後屈運動での著明な痛み、②左下肢外側のしびれ感、③項背腰部から下肢全体の凝り、痛みがあり、他覚的所見としては、①左腰仙部の著明な筋硬・圧痛、②腰椎運動制限(前屈軽度制限、最大前屈位指床間距離0センチ、後屈制限は著明)、③腰椎X線検査では仙椎の腰椎化が認められ、第五腰椎、第六腰椎間(仙骨の腰椎化がなければ第四、第五腰椎間)に軽度な前方すべり(マイヤーディング法で一度。同じ一度の中でも軽度)が認められた。神経学的検査では、運動系の検査(踵歩き、つま先歩き、片足膝屈伸検査)では異常はなく、知覚系の検査では、左下肢(大腿から下肢)の外側部にしびれ感を訴え、、同部にごく軽度の知覚傷害(触覚鈍麻)が認められたが、腰臀部及び両下肢の知覚障害の検査では異常はなかった。反射系の検査(膝蓋腱反射及びアキレス腱反射)では異常はなかったが、下肢伸展検査(ラセーグ試験)では、左右差があり、左で若干制限が認められた。

芝病院の渡邊靖之医師(以下「渡邊医師」という。)は、原告の症状のうち、腰部及び下肢に関する症状を生じさせている原因として、①X線上確認できた腰椎のすべり、②腰椎のすべりの原因となった椎間板の変性、③腰痛症(筋・筋膜性腰痛)による腰痛が考えられたが、原告には腰部及び下肢の症状のみならず、項背部について筋肉の異常緊張(収縮)から筋代謝過程が病的になることにより生じた症状が顕著に出ているとして、原告の仕事(重度心身障害児の介護業務)、生活状況、症状の推移と就労状況などから、腰痛症(筋・筋膜性腰痛)があると考えた。また、原告の症状は、左に著名な症状があるが、すべり症では一般的には両下肢に症状が生じること、一方の下肢に症状が生じるのが椎間板ヘルニアの症状の特徴であること、原告の腰椎すべり症の程度が軽度で、この程度のすべりから原告のように休業を要するような症状が生じるとは考え難いことから、原告の症状は、①腰椎椎間板ヘルニアを含む腰椎椎間板の障害から生じた症状と、②筋肉の異常緊張(収縮)から筋代謝過程が病的になることにより生じた症状が複合したものと考えた。そこで、同医師は、腰椎の変性に関連する原因としては、椎間板ヘルニアが含まれていることは確定できたが、腰椎すべり症などの他の原因も複合しているかは初診時では不明であったことから、腰椎の変性を総称する「腰椎椎間板症」と診断し、筋肉の異常緊張(収縮)から筋代謝過程が病的となることにより生じた症状が競合している症状については、項背腰部にかけての広範な症状を一括して「背腰痛症」と診断した。なお、同医師は、重量物などの取扱いを中心とする業務に従事して主たる症状が背腰部に生じている場合には、通常「背腰痛症」と診断している。

渡邊医師は、原告に対し、①休業・休養により、腰椎椎間板にかかる負荷を軽減すること、②温熱療法やマッサージ治療により、疼痛や凝りなどの症状を緩和すること、③症状所見が一定程度改善した場合には、運動療法・ストレッチ体操により、異常筋緊張を緩和すること、④薬物療法(湿布、漢方薬)によっても、疼痛や異常筋緊張を緩和することを目指してこれらの治療を行うこととし、原告は、以後週二回程度芝病院に通院して治療を受けた。なお、原告は、一二月一七日、背腰痛症で当面平成五年三月末までの休業、通院を要するとされた。(《証拠省略》)

(4) 原告の症状は、平成五年一、二月中は目立った改善はなかったが、三月ころからは軽快し、五月に卒業生のクラス会で児童の介護をした翌日に首の痛み、足のしびれを感じたものの、それ以外は症状が強く感じることはなかった。

腰部背部の痛みや凝りが軽減すると、背筋力・握力が通常の力に復帰するが、通常女性の場合背筋力が七〇ないし八〇キロ以上で安定する。原告は、平成五年一〇月からは背筋力が七〇キロ程度まで回復したので、一一月中旬から半日勤務を目標とした職場復帰訓練を行った上、平成六年一月一〇日から一日四時間・週四日の勤務条件で職場復帰し、小学部一年生ないし六年生の軽度ないし重度の肢体不自由と知的障害を併せ持つ児童一四名のグループを五名の教員で担当し、三月からは週五日勤務とした。平成六年度には、前年度のグループを持ち上がり、児童一四名を教員五名で担当し、原告は、週六日勤務して、うち五名の軽度ないし重度の肢体不自由と知的障害を併せ持つ児童を二名の教員で担当した。また、校務分掌では教務部に所属したが、会議に出席することはなかった。この間原告は、当初は、肩や腕の凝りと痛み、足の付け根からふくらはぎにかけてのだるさと痛み、腰痛などを感じていたが、休養により症状が特に悪化することはなく、一〇月からは一日六時間に勤務時間を延長した。

原告は、平成七年度から通常勤務となったが、芝病院に定期的に(週一、二回)通院してマッサージ治療や体操療法などを受けていることや、症状の変化や疲労の程度に応じて睡眠や休養をとっていることにより、腰痛などの症状が悪化することなく、勤務を続けている。

(四) 江戸川養護学校における原告の公務の具体的内容

(1) 勤務時間

江戸川養護学校の教職員の勤務時間は、午前八時一五分から午後五時(土曜日は午後〇時一五分)までで、休憩時間(土曜日を除く)は、午後四時から四時一五分までの四五分間、休息時間は、午前八時一五分から八時三〇分までの一五分間と午後四時四五分から五時までの一五分間の合計三〇分間(土曜日は午前八時一五分から八時三〇分までの一五分間)であった。(《証拠省略》)

(2) 教育内容

江戸川養護学校における平成二、三年度の児童の教育内容の概要は次のとおりである。(《証拠省略》)

ア 月曜日から金曜日まで

午前八時五〇分 出会い、排泄、衣服の調節

児童は午前八時四五分ころにスクールバスで登校する。児童をバスから降ろして教室まで移動し、その日の児童の体調、健康状態を把握し、おむつからパンツに履き替えさせ、トイレに連れていく。また、その日の気温、体調に合わせて児童の衣服を調節し、児童の気持ちがよい状態を作る。

午前九時〇〇分 自由遊び

児童が心も身体もリラックスできるように、児童の一番快いと思う遊びを行う。

午前九時二〇分 水飲み、検温

児童の身体を活発にするために、水に慣れ、水分を補給し、健康チェックを行う。

午前九時四〇分 お湯水鍛練

お湯と水の入ったたらいに児童の足を交互に五、六回つけ、中でマッサージをし、血行を促す。

午前九時五〇分 朝の会(歌、名前呼び。ただし、平成二年度の金曜日の同時間帯は、訓練)

児童に合わせていろいろな姿勢を取らせ、スキンシップを大切にする。名前呼びは、担任が手や人形などを使って児童の障害にあった方法を考えて行う。

午前一〇時〇〇分 主な活動―体操、遊び、散歩、感触遊びなど児童が小さい揺れから大きい揺れに移れるように順序性を考えて行う。体操は、全身の堅さを取り、可動域を維持するようにし、遊びは、児童に乗物の揺れ、シーツの左右の揺れ、上下の揺れを楽しみ、大きい小さいなどの変化の揺れを楽しませるようになどする。散歩により、外気、日光浴をして児童の身体を鍛える。感触遊びは、大豆、小麦粉などを触らせ、皮膚感覚を通して外界の変化に気付かせるなどする。

午前一一時三〇分 給食準備

教室で準備を終え、車椅子に乗せ、手を濡れたタオルで拭く。

午前一一時五〇分 給食開始

午後〇時四五分 給食終了

歯磨き、帰りの支度、排泄を行う。

午後一時〇五分 帰りの会

午後一時一五分 スクールバスで送る。

イ 火曜日

火曜日は、給食後は、午後一時〇〇分自由遊び、同一時四五分排泄、同二時一〇分訓練、同二時五五分帰りの準備(排泄、水飲みを行う。)、同三時二〇分帰りの会、同三時三〇分スクールバスでの送り、となる。

ウ 土曜日

土曜日は、午前九時〇〇分から同九時四〇分までは合同グループ(平成三年度は訓練)、同一〇時〇〇分から同一一時一五分までが学年の取り組みで、同一一時三〇分スクールバスでの送り、となる。

エ 平成三年度は、ほかに、金曜日について、火曜日と同様の時間帯が加わる(ただし、午後二時〇〇分から同三時〇〇分までは、他の学級の児童との合同学習である「クラブ」となる。)。

(3) 介助業務

右(2)における原告のした介助業務の主な内容は、次のとおりである。(《証拠省略》)

ア スクールバスの送迎

児童のスクールバスからの乗降を介助し、バス停から教室まで(教室からバス停まで)車椅子に乗った児童に不安を与えないよう、ゆっくり移動する。一人で片手ずつ二台の車椅子を同時に押すこともあり、教員が休暇をとったときなどは、一人の児童をおんぶした上、車椅子を二台押すこともあった。

イ 車椅子の乗降

教室で床に降ろすときや、トイレ、訓練等で移動するときなどに児童を車椅子から乗り降りさせる。車椅子に乗り降りさせるときは、児童を横抱きしたり向かい合って抱いて持ち上げ(左手で児童の腕から腰の下に手を回して支え、右手で児童の膝を中姿勢で持ち上げる。)、中腰の姿勢のまま、児童の身体の緊張をほぐしながら、車椅子に乗り降りさせる。この動作を児童一人につき一日平均四、五回行う。

ウ トイレ介助

児童を車椅子に乗せるか、抱いてトイレまで連れていき、いったんトイレ内のベッドに児童を持ち上げ、ズボン等を脱がせて、だっこして便器まで移動し、便器に座らせる。教員が児童を抱いて洋式トイレに座らせ、股を開いた状態で児童の座位を支え、後頭部を支える姿勢を一〇分程度とることもある。排泄後は、再びだっこして移動し、ベッドに持ち上げてズボン等を履かせ、車椅子に乗せるか、抱いて教室等に戻る。一人で便器に座れない児童は、一緒に座って介助する。この動作は、一人の児童について平均一日四、五回行う。

エ 水分補給や給食の介助

スプーンでひとさじずつ飲ませたり食べさせたりするが、児童が車椅子に乗っている場合には、側面から介助することになるので、腰を捻った状態で行う。首が据わっていない児童に対しては、首を安定させるため左腕で首を支え、左の手のひらで児童のあごを支え、左手の指で口を支えて右手でスプーンを児童の口に持っていき、飲ませたり食べさせたりする。車椅子から降りた児童に飲食させるときは、教員があぐらをかいて児童を抱き、同様の動作を行う。水分補給の動作は、児童一人につき一日に二、三回(午後の授業がある日は三、四回)行うが、誤って気管に水分を飲み込まないようにするため、より神経を使う。

オ お湯水鍛練

児童のズボン、靴下を脱がせて、正座や片足膝立ちに近い状態にして高さの調整をし、教員が正座、中腰あるいは椅子に座って膝に抱き、お湯の入ったたらいと水の入ったたらいに交互に児童の足をいれる。また、リーダーになった週(月一回)は、トイレの湯沸かし器から湯や水を運ぶ作業がある。

カ 朝の会

日直になった児童を抱いて、座位の姿勢でひざまづいて移動しながら、一人一人の児童の前に行き、歌に合わせて握手をする。

キ 体操

一人一人の児童の実態に合わせて緊張している身体をほぐし、心身ともにリラックスできるように体操する。床に寝た児童を仰向けにして、教員が中腰の、ないし正座の姿勢で児童を左右に揺さぶったり、腰をひねり、上下肢の屈伸などを行う。

ク 遊び(顔遊び、ゆさぶり遊び、向かい合い遊びなど)

児童の膝を上下に動かしたり、身体を前後に動かしたりして揺さぶって遊ぶ。

ゆさぶり遊びは、教員が児童をだっこして児童の身体を揺さぶったり、教員が寝転がって児童を上に支えて「高い、高い」をしたり、児童をシーツに乗せて二人の教員が両端を持ち、ハンモックを揺らすような形で左右ないし上下に揺さぶるものである。向かい合い遊びは、児童を向かい合わせて、教員があぐら座、正座又は椅子に座ってだっこして歌を歌ったり、身体を揺さぶったりするものである。遊びの際、教員は、同一姿勢を五〇分程度とることもある。

ケ 訓練

児童に対し、腰のひねり、うつぶせ姿勢、膝立ち等を促す。

(4) 原告の担当児童

原告の担当した七名の児童はいずれも重症心身障害児で、その中には、首が据わらず寝たきりの状況でぜん息発作がしばしばある児童、四つんばいはできるが不安定で、てんかん発作があり倒れて頭を打つ可能性のある児童、座位はとれるが、不安定で後ろに倒れる可能性のある児童、立位は取れるが不安定で、片足でぴょんぴょん跳ねながら運動し、機嫌が悪いときは自傷行為(自分で頭を床に打ちつける)をする児童などがおり、介助のみならず、安全管理にも注意しなければならなかった。

(5) 原告の児童指導日数

原告は、平成二年度においては、要勤務日数は二六五日であったが、年次休暇が八日と二時間、生理休暇が一二日、研修・出張が三三日、その他の休暇等が一日であったため、児童を指導した日数は二一〇日と六時間であった。平成三年度においては、要勤務日数は二六四日であったが、年次休暇が一八日と二時間、病気欠勤が四九日、生理休暇が一二日と七時間、研修・出張が二八日、その他の休暇等が一日であったため、児童を指導した日数は一五四日と七時間であった。(《証拠省略》)

(五) 労働省指針

労働省労働基準局長は、「職場における腰痛予防対策指針」(平成六年九月六日労働省基発第五四七号)を発し、職場における腰痛を予防するため、作業管理、作業環境管理、健康管理及び労働衛生教育についての具体的な指針を示し、腰痛の発生が比較的多い作業については、作業態様別の対策を示したが、右の腰痛の発生が比較的多い作業の一つとして重症心身障害児施設等における介護作業を挙げている。そして、重症心身障害児施設等で入所児等の介護を行わせる場合には、姿勢の固定、中腰で行う作業や重心移動等の繰り返し、重量の負荷等により、労働者に対して腰部に静的又は動的に過重な負担が持続的に、又は反復して加わることがあり、これが腰痛の大きな要因となっているとして、作業姿勢、動作につき、同一姿勢を長時間続けないようにさせるなどの措置を講ずることにより、作業負担の軽減を図ること、としている。(《証拠省略》)

(六) 江戸川養護学校における腰痛検診の結果

江戸川養護学校における教職員の腰痛検診(第一次検診)において、平成三年度は一〇四名中二二名が(二一パーセント)、平成四年度は九四名中一四名が(一五パーセント)が、それぞれ要経過観察になっている。ただし、必ずしも教職員全員が受診しているわけではない。(《証拠省略》)

(七) 都立養護学校・江戸川養護学校における教員数、江戸川養護学校における教務及び公務の分担方法

(1) 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律(以下「標準法」という。)は、公立の養護学校等の特殊教育諸学校につき、同法に定める児童・生徒数を標準として学級を編制し(三条一項、三項)、学級数を基本として置くべき教職員の総数の標準を定めている(同法一〇条以下)。また、都教育委員会は、都立養護学校小学部における学級について同学年の児童七人につき一学級を編制し、重複学級を編制する場合には、対象児三人につき一学級を編制しているが、江戸川養護学校については、重複学級の対象児童として二四人を認定し、八学級を編制している。

これらによれば、江戸川養護学校の場合、小学及び中学部に置くべき教職員総数の標準は、五三・四四人となる。

都は、平成三年度において、江戸川養護学校に小学部及び中学部の教職員五八人(実習助手(機能訓練)四人を含む。)を配当した。その結果、同養護学校の教職員数は、小学部三八人(一般教員二五人、専門教員一〇人、実習助手三人)、中学部二〇人である。なお、都は、そのほか、同養護学校で講師五人を年間任用し、週当たりの授業時数四九時間を配当した。(《証拠省略》)

(2) 都立養護学校における教員一人に対する生徒数の割合は、平成二年度は、肢体不自由児の養護学校全体で一・七一九であるが、江戸川養護学校では一・四二九であり、平成三年度は、肢体不自由児の養護学校全体で一・七〇八であるが、江戸川養護学校では一・三九六であった。また、同じく一学級における教員数の割合は、平成二年度は、肢体不自由児の養護学校全体で二・二五一であるが、江戸川養護学校では二・六九二であり、平成三年度は、肢体不自由児の養護学校全体で二・一四七であるが、江戸川養護学校では二・六四三であった。(《証拠省略》)

(3) 江戸川養護学校では、都から江戸川養護学校分として配分された教職員数を運営委員会が中心となって各学部に割り当てたが、右の割り当ては、小・中学部の話合いで行われた。

また、同養護学校においては、クラス担当教員やグループ担当教員の決定、校務分掌の決定は、各学部主任を中心に教員の自主的な話合いによって行われ、これに基づき最終的に全校運営委員会で話し合って決定している。

(八) 医学的知見

(1) 「仙腸関節炎」について

仙腸関節炎は、仙腸関節に起こる炎症性の疾患であり、結核や強直性脊椎炎に際してみられるもの、硬化性腸骨炎などがある。硬化性腸骨炎は、実際の原因は不明であるが、女性にのみ(あるいは女性に多く)起こり、X線像で仙腸関節において腸骨の面のみに硬化像がみられるのが特徴的であり、症状として慢性の腰部痛や臀部痛があるが、下肢に神経症状は認められないとされる。(《証拠省略》)

(2) 「腰椎すべり症」、「腰椎不安定症」について

一つの椎骨が直下の椎骨に対して前方にすべった状態を総称して脊椎すべり症という。同症は、脊椎分離・すべり症(脊椎分離に続発して起こる場合)、変性すべり症(機能的脊柱単位とくに椎間板と椎間関節の退行性変性に基づいて起こる場合)などに分類される。

加齢とともに椎間板が退行性変性の一途をたどり、椎間関節も変性していき、支持性に大きく関与する傍脊柱靱帯や腰背筋群も老化して弛緩していくが、このような一連の脊柱の変性過程において、支持性の著しい障害を来たし、前方すべりとして現れたものを変性すべり症という。年齢的には四〇歳以後にみられ、女性は男性の四倍の頻度でみられ、第四腰椎に好発する(高齢者に多発し、特に四五歳以上の女性に多いとする文献もある。)。

腰椎の椎間運動は、一つの椎間板と左右にある二つの椎間関節でされ、これらの関節に発生する変性を基盤として椎間の不安定性が出現し、椎間不安定性はやがてすべりへと移行すると考えられているが、明確な原因は不明である(誘発因子として腰仙椎間の直立化があるために、第四、五腰椎間の椎間板や椎間関節にストレスが増大し、第四腰椎の不安定性が起こってすべりが発生すると考えられているとする文献もある。また、腰椎変性すべり症の臨床的X線学的検討の結果として、重労働従事に伴う腰椎への力学的負荷もすべり進行の一因であると考えられ、general joint laxityの存在も発症に関与している可能性があり、生体のrestabilizationの機序によりすべりの進行防止が起こると考えられるとする文献や、腰椎すべり症のすべりの発現や増強には、成人(一八歳以上)では椎間板狭小化の進行、腰仙角、労働量が影響しており、椎間板変性がrisk factorと考えられるとする文献もある。)。

脊柱管狭窄症を病態の本質とし、臨床像としては腰痛と下肢痛の双方を訴えることが多いが、無症状のことがあり、変性すべりは単なるX線所見で、患者の愁訴の原因は隣接椎間板での椎間板ヘルニアなどである可能性に留意すべきであるともされている。また、「腰痛との因果関係が明らかとはいえない疾病、すなわち、一般には腰痛性疾患として病名が付されてはいるが、果たしてその変化が腰痛発生の原因といえるかどうか、今日学問的に疑問視されている疾病の一つとして脊椎分離すべり症があり、高度すべりの存在にもかかわらず、全く無症状に経過している例も多いので、単にすべりの存在だけでは腰痛に直結すると考えるのは早計である。すべりの存在のほかに高度の椎間板変性が存在するような場合にはじめて腰痛を発症するものと考えるのが妥当であろう。」とする文献もある。(《証拠省略》)

(3) 「腰椎椎間板変性症」について

椎間板の変性と機能破綻を主体とする一連の腰痛疾患群を腰椎椎間板症という。椎間板ヘルニア、狭義の椎間板障害などがある。椎間板変性の発生原因については、力学的負荷、椎間板の加齢的変化(老化)など諸説があるが、決定的な結論はない。椎間板ヘルニアは、椎間部の中心部を構成する髄核が後方に脱出して、椎間板の後側方に相応する神経根を直接圧迫刺激するものであり、疼痛発生機転は明らかであるが、ヘルニアそのものの発生原因については必ずしもすべて明確にされているとは言い難い。一般には、椎間板の変性が既存し、これを基にして髄核の脱出が起こると言われるが、この変性が比較的若年の青年層に多く発生することの説明も十分されていないし、外力との因果関係についても、明確な解明はされていない(腰椎椎間板ヘルニアは、加齢的に起こる椎間板の退行変性過程の中で生じる代表的な腰下肢痛を引き起こす疾患で、椎間板変性と不可分の関係で発生するが、外的力学的な負荷、遣伝的な素因も存在するとする文献もある。)。

腰痛発生機転は明らかではないが、腰痛の原因となるものと認められる疾病の一つとして、椎間板変性がある。これは、椎間板ヘルニアのように後方脱出はしないが、椎間板全体の退行変性が比較的限局性に起こるものをいい、疼痛発生機転は明確ではないが、椎間板性腰痛がそのために発生することは一般に認められている。(《証拠省略》)

(4) 「腰痛症」について

腰痛症(筋・筋膜性腰痛)は、亜急性又は慢性に発症する腰痛で、他に明らかな腰痛性疾患の認められない場合に腰痛症という病名を用いることが多い。筋肉は、ある範囲内の収縮が行われているときは正常な代謝が行われるが、収縮の強さや持続時間が過度になれば、筋代謝過程は病的となり、腰痛を起こすものと考えられる。異常な代謝の悪循環が形成され、単に負荷を軽くしても容易に正常に戻らない場合は、悪循環を絶たない限り腰痛は消失せず、治療を要する一種の病的状態とみなすことができる。発症の誘因となるものは単一でないにしても、このような病的筋代謝が生じたようなものを一般に腰痛症と呼んでいる。(《証拠省略》)

(5) 肥満と腰痛疾患の関係について

肥満は、腰椎柱に対して直接的な圧縮負荷がかかるだけでなく、腹部の脂肪組織は重心線を前方に移動させるためleverarmが長くなることから、圧縮負荷は増幅され、体重の増加分以上の過大な負荷がかかることになり、また、腹筋のゆるみは腰椎の前弯を増強させるため、椎間板内圧を高めるとともに椎間関節などの後方要素にも負担をかける結果となっており、さらに、椎間板変性とも関連する。肥満は、腰痛疾患に対していろいろな面でマイナス要因として作用することが明らかとなっている。(《証拠省略》)

(九) 原告の疾病に対する医師の意見

(1) 渡邊医師の意見

前記(三)(3)のとおりである。

(2) 岡井清士医師(以下「岡井医師」という。)の意見

原告の腰椎すべり症は、変性すべり症に該当し、第四腰椎が前方にすべっているが、これは腰椎椎間板の変性に起因し、腰椎椎間板変性症、腰椎不安定症、腰椎椎間板症のいずれもが腰椎椎間板の変性を原因として発症するものであるから、原告の疾病は、「第四腰椎変性すべり症」に統一できる。腰椎椎間板変性発症の原因は、加齢現象が主要因であることから、仮に腰部への力学的な外因により腰椎椎間板変性が発症したとしても、単なる誘因にすぎない。肥満と腰痛疾患の関係については前記(八)(5)のとおりである。仙腸関節炎の症状として、股関節痛が生じることはあり得る。原告の「両側仙骨関節炎」の診断は、正確には硬化性腸骨炎の所見と思われ、単なるX線による所見であって、このことが引き続き腰痛を引き起こしているとは考え難い。(《証拠省略》)

(3) 原徹也医師(以下「原医師」という。)の意見

原告の疾病は、第四、第五腰椎間の椎間板変性により腰痛支持性が不安定となり、これに荷重等の要因が加わり、第四腰椎が前方へすべり、腰痛が発症し、第四腰椎変性すべり症が発症したものと考えられ、「第四腰椎変性すべり症」に統一するのが妥当である。一般に、腰椎椎間板変性症の原因は、加齢による椎間板変性により惹起されるもので、腰部への力学的要因(高体重、肥満による脊柱への負荷)が加われば、更に発症が助長される誘因になり得る。腰椎変性すべり症は、加齢に基づく椎間板の長時間経時的な退行変性による構造上の不安定性が誘因となって発生するものである。

右のような成因、素因からみて、腰椎変性すべり症は腰椎椎間板変性によるもので、一般的には労働によって発生するものではないといわれている。原告の公務は、通常公務として規定された労働環境下での作業であり、特に大きな外部環境因子の作用するものとは考え難い。原告の肥満体型が発症に影響を及ぼしていると考えられ、また、昭和六三年には子宮筋腫と診断されていることから、婦人科器官からの関連痛としての腰痛もあったものと考える。(《証拠省略》)

(4) 被告が処分の過程において徴した専門医(医師名不明)の意見その一

原告には、第四、第五腰椎間の不安定性及び椎間板ヘルニア所見があり、身長に対して体重が過重であり、腰痛を発症する本人の素因が主たる原因である。原告が介護の対象とした知能障害のある脳性麻痺児の数は、国及び都で規定した取扱い人数からするとはるかに少ない人数であり、業務は過重とはいえず、関与したとしても機会原因をなしたのみである。(《証拠省略》)

(5) 同専門医(医師名不明)の意見その二

両側仙腸関節炎は、X線所見からは、正しくは硬化性腸骨炎とすべきもので、腰痛との関係は否定的である。

それ以外の原告の症病名は、「第四腰椎変性すべり症」で統一されるべきもので、そのために、所見として第四、五腰椎椎間板変性、第四腰椎不安定症、すべり症が生じている。

変性すべり症は、加齢による脊椎の変性によりすべりが生じるもので、労働によって起こるものではない。原告の労務は過重とはいえないし、脊椎の加齢的変化である変性によって生じている以上、労務災害起因性の疾患ではない。(《証拠省略》)

(6) 猪俣吉廣医師(以下「猪俣医師」という。)の意見

子宮筋腫を持った婦人に合併疾患(子宮内膜症など)が加わった場合、筋腫が大きく周辺臓器(特に脊椎、骨盤の圧迫時には強い腰痛を発症する)を圧迫しているときは、通常時にも腰痛が持続することがあるが、子宮筋腫のうち腰痛の発生する割合はそう高い割合ではないと考えられる。(《証拠省略》)

2  右1で認定した事実に基づき検討する。

(一)(1) 当初原告の疾病につけられた診断名である「両側仙腸関節炎」は、その後の三楽病院医師の診断及び芝病院渡邊医師の診断ではこの病名は付されていないこと、仙腸関節両側に圧痛があり、腰椎から仙椎部の疼痛をきたす他の病態(腰椎椎間板障害など)が除外できるなどの条件を満たした場合に仙腸関節炎の診断名が付されるが、原告には腰椎椎間板の障害の所見があること、原告には結核や強直性脊椎炎があることはうかがえないから、原告の仙腸関節炎は硬化性腸骨炎と推認されるが、硬化性腸骨炎の症状としては下肢に神経症状は認められないところ、原告の下肢の痛みを硬化性腸骨炎では説明しきれないことからすれば、原告の症状を「両側仙腸関節炎」としたことは必ずしも適当なものであったとは考え難い。

(2) 右以外の診断名である「腰椎すべり症」、「腰椎不安定症」、「腰椎椎間板変性症」、「背腰痛(腰椎椎間板症)」につき、被告は、これらはその発生機序からして「第四腰椎すべり症」に統一できる旨主張し、岡井医師、原医師、被告が処分の過程において徴した専門医の意見その二は、いずれもこれに沿うものである。

しかしながら、腰椎すべり症では無症状のこともあり、同症と腰痛との因果関係は明らかでない上、原告の腰椎のすべりはマイヤーディング法で一度(一度の中でも軽度)であり、この程度のすべりで休業を要するほどの腰痛が発生するとは考え難い。他方、腰椎椎間板変性から腰痛が発症することは医学上明らかに認められているから、原告の腰痛は原告に認められる腰椎椎間板変性によるものということができる。そうすると、原告に付せられたこれらの診断名は、それぞれに意味があるものとするのが相当であり、これを「第四腰椎すべり症」に統一するのは、かえって原告の腰痛の発生原因をあいまいにするものというべきである。

(3) ところで、椎間板変性の発生原因は、必ずしも明らかではないが、加齢のほか、力学的負荷によるとの説もあること、原告の症状が加齢による椎間板変性のみによるものであるとすれば、原告が芝病院での治療を受けて以来、公務に従事しているにもかかわらず、腰痛症状が悪化していないことの説明が十分つかないこと、肥満は腰痛疾患に悪影響を与えるが、原告の肥満の程度と腰痛症状の推移は必ずしも対応していないことからすれば、原告の椎間板変性は、加齢や肥満の影響のほか、力学的負荷も要因として寄与したものである可能性を否定できないと考えるのが相当である。また、原告の項背部の痛みは、椎間板変性や腰椎不安定、腰椎のすべりでは説明できないものであるし、腰部の痛みや下肢のしびれなども、腰痛(筋・筋膜性腰痛)が病的筋代謝によるものであることからすれば、その原因が椎間板変性に限るものとはいえず、力学的負荷が影響しているものと考えるのが相当である。なお、原告の子宮筋腫は、それにより腰痛が発生する割合は高くないと考えられるものであるし、その後続いた原告の腰痛には、右のとおり椎間板変性や筋・筋膜性腰痛の影響によるものとみられることからすると、子宮筋腫が休業を要するほどの原告の腰痛の原因であるとは考え難い。

(二)(1) 1で認定した養護学校教員の児童に対する指導介助の一連の公務及びその繰り返しは、作業ごとに態様は異なるものではあるけれども、間断なく行われるそれぞれの作業が、精神的緊張を伴い、肉体的にも疲労度の高いものであり、不自然な姿勢で他律的に上肢、頸肩腕部、腰部等の瞬発的な筋力を要する作業も多いといった態様のものであって、これらの部位にかなりの負担のかかる状態で行う作業に当たるものということができ、労働省の指針もこれを裏付けるものといえる。

(2) 江戸川養護学校教員一人当たりの生徒数に対する教員の割合は、都立養護学校(肢体不自由児の養護学校)平均を下回るもので(1(七)(2))、江戸川養護学校における教員の児童介助業務の負担が格別重かったとまでは認められない(甲五九は、江戸川養護学校における児童の障害の程度からして、同養護学校教職員の配置数そのものが問題であり、標準法の基準に違反しているとするが、同号証が指摘する児童の障害程度を裏付ける資料がないこと等から、直ちに採用できない。)とはいえ、原告の具体的な児童介助業務の内容をみても、その内容からして、その負担の程度が軽いものとは決していえない(原告が持ち上がりで児童を担当し、児童の状況をより熟知できたからといって、原告の児童介助業務の内容からすれば、それにより負担が軽くなる程度が著しいものとはいえない。また、江戸川養護学校における教職員の腰痛検診の結果も、同養護学校教職員の負担が重いものとする資料とまではいえないとしても、一定程度の負担があることを示すものであるし、同腰痛検診にみられる原告の腰痛の推移も、公務との関連を示すものといえる。なお、平成二、三年度における原告の児童指導日数も、原告がこの間休暇を取得せざるを得なかったことからすれば、業務に従事すべき日数に比して少ないものとはいえない。)。

また、原告が巻爪によって右足をかばいながら歩行したことも、原告の腰部に負担をかけたものといえるが、右の巻爪も原告が介助業務中に児童に右足を踏まれていたことによるものであるから、原告の公務が腰部の負担に影響しているものということができる。

さらに原告の場合、平成二、三年度においてともに児童の介助業務に従事した他の教員が経験の浅い者であったのであり、勢い長年の経験を有する原告に児童介助の負担がよりかかったものと推認することができる。

(3) しかも、原告の場合、主に午前中に従事した重症心身障害児である児童の介助業務に加えて、午後も、本件疾病を発症する前年、前々年度(平成二、三年度)において、学部主任、教育課程検討委員会委員、全校運営委員会委員等の校務に携わり、そのため多忙で、超過勤務や自宅への仕事の持ち帰りを余儀なくされていたのであって、右の校務は、その性質からして、それ自体が項背腰部に過重な負担がかかるものとまではいえないにしても、これに従事することにより、原告は安静状態をとることができなかったもので、右の状態で公務に従事することは、児童介助業務に従事して負担のかかったままの項背腰部の痛みが増悪した可能性こそあれ、軽快化し得るものとは到底いえないから、原告は、自己に発症した症状について、十分な休憩、休暇を取得する暇がないまま、公務に従事せざるを得ず、症状の増悪のため、ついには休業せざるを得なかったものというべきである。したがって、原告の項背腰部の痛みといった症状は、原告が公務に従事する過程で生じ、増悪したことは明らかである。

(4) 被告は、児童介助業務や公務分担は、教職員の話合いで決定されていたから、原告にのみ重い負担がかかるような分担が決定されるとは考えられない旨主張する。

江戸川養護学校における教職員の担任や校務分担の決定は、確かに教職員の話合いで決定されていたということができるが、これらの決定は、教職員の経験、人柄などの諸事情を考慮してされていたものと考えられるから、その分担が教職員の話合いで決定されていたからといって、必ずしも負担が平等であるとまではいえない。話合いの結果、教員の経験の深さや、能力、人格からして、特定の者により多くの分担が割り当てられる場合もあると考えられるし、現に原告が平成二、三年度に江戸川養護学校で従事した児童介助業務、校務は、その程度からして、他の教員に比較して負担が大きかったものと認められるから、被告の主張は採用できない。

(三) 原告は、養護学校教員という校務に従事するまでは格別項背腰部に異常を生ぜしめるような身体ではないし、右にみた原告の症状と公務との対応関係、原告の従事した公務(障害児の介助、校務)の性質・内容等に照らせば、原告の加齢、肥満などもその症状に影響している可能性はあるものの、原告の養護学校教員としての業務と原告の疾病の発症ないし増悪との間には、経験則上、公務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるから、相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告の疾病は、原告の従事した養護学校教員という公務に起因するものというべきであるから、これを公務外とした本件処分は違法である。

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口幸雄 裁判官 吉崎佳弥 鈴木拓児)

<以下省略>

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